あぁロシア・・・
ロシアでは、どういうときでもどういう場所でも自分のことは自分で守らなければならない。
私が思うに、ロシアは あまりに広すぎて、歴史の変化が極端すぎて、
いまだに人には優しくできない国なのだ。
たとえば道路工事で歩道を歩けないことがある。
そんなとき、日本であれば警備の人が注意しながら歩道以外の場所を指し示して
どこを通ればいいのか教えてくれる。
だがロシアの場合は、工事現場に綱も張っておらず、
歩行者自身が歩ける道を見つけて回り道しなくてはならない。
最近では、かろうじて別の道をつける工事現場も見られるようになってはきたが・・・。
信号について言えば、広い道路を横切るのに、
青信号がついているのはたったの30秒~40秒だけなのだ。
冬に、凍った道路をたった30秒で渡るのは、
氷の道に慣れたロシア人であっても大変だと思う。
だから道路の真ん中に立って 信号がまたかわるのを待っている人をよく見かける。
ロシアでは、信号を守って横断歩道を渡る人が少ない。
車がとぎれたときを見計らって、横断歩道でなくても渡ってしまうのがロシア式で、
私はそれに慣れることができないでいる。
地下鉄では、扉は乗務員が混雑を見ながらボタンを押して閉めると聞いた。
しかし環状線の混雑で私が見たのは、
人々がまだ乗り込んでいるのに扉が閉まり出し、
「電車はもう発車する時間だ。扉を閉めるから後ろに下がれ。次の電車にしろ。」
と、感情のない声でアナウンスが流れた。
しかし、人に優しくない状況で育ったロシアの人々は、そんなことでは引き下がらない。
皆で扉をしっかりと押さえ、次々に乗り込んでいく。
するとイライラした声で、またアナウンスが流れた。
「扉を押さえるな!電車は発車する!次の電車に乗れ!いいかげんにしろ!」
扉は何度もババ~ンッババ~ンッ!と閉められ、あきらめた人々がホームに残った。
だがそんな状況の中、扉で怪我をした人を私はまだ一度も見たことがない。
ロシアで、人が優先ということはあるのだろうかと思う。
信号はなかなか青にならず、また青になっても
人が渡るにはあまりに短い時間しか与えられない。
そういうことに対してロシアの人々は気が短いから、
たとえ老人であっても、自分の意思を通して道路を渡る。
ある日、4車線の道路で長いこと信号がかわるのを待っていた老人が、
信号を操作している警官に向かって杖を振り上げながら怒り出した。
「おまえら警官はいったい何を考えてる!こんなに長いこと待てるか!わしはこれ以上待てないぞ!」
と叫んで、老人は杖をつきながら車の行きかう4車線の道路を渡りだした。
信号を操作していた交通警官は、ご老人の剣幕に押されて何も言えず、何もしなかった。
道路を行きかう車は、老人の前で次々と止まった。
運転手たちは苦笑いを浮かべていた。
老人は何かを叫びながらも広い道路を渡りきって、
向こう側から再び警官に向かって何かを叫び、去っていった。
ロシアでは、老人パワーがすごい。
ご老人たちは、自分たちがこの国を支えてきたと堂々と言い切る。
私も 確かにそうなのだと思うのだ。