地下鉄での思い出
モスクワの地下鉄の車両は、
日本のそれと比べると、
ごつくて、鉄でできた戦車のようなイメージを受ける。
天井の高いホームにゴーッという音を響かせて入ってくる地下鉄の車両は、
灰色の分厚い鉄のワゴンだ。
その扉がガタンッと開いて、
ババーンッと勢いよく閉まるまでに何秒の間があるのか、
私はそれをいつもはかろうと思いながら、十数年間できずにいる。
なぜかというと、
扉が開いてババーンッと閉まるまでに
急いで車内へ入らないと、扉に挟まれて怪我をしそうで怖いからなのだ。
それでも1度だけ、その扉に挟まれそうになったことがある。
仕事に遅れそうになって、開いていた扉の車内へ飛び込もうとした。
とたん、
重い鉄の扉がグワッと動いた。
おもわず目をつぶって、身体を硬くした。
あれっ?
扉が当った感触がない。
目を開けると、
車内の両脇に立っていた屈強な男性2人が
閉まろうとする扉をガシッと押さえている。
ひゃ~素敵! 感激!
あの時はいっぺんに2人の男性に恋してしまったような気持ちになった。
扉を押さえている2人の男性は何も言わず、早く中へ入るよう目で合図をしている。
私が中へ入ると2人は押さえていた扉の手を離した。
ババーンッ!!!
続いて車内に機嫌の悪そうな男性の声でアナウンスが流れた。
「扉を押さえるな!扉が壊れる!」
私は感激しながらその2人の男性に軽く頭を下げてお礼を言った。
「スパシーバ。スパシーバ。(ありがとう。)」
2人とも、赤い顔をして私のほうを見ようとはせず、
まっすぐに前を向いたまま、
何も言わずに立っていた。
私は、両方の男性の顔をちらちら見ながら、
いまさっきあったことを思い出して、
幸せな顔をして立っていた。
ファンタジー映画の中に出てくる
屈強な騎士に助けられたお姫様のような気持ちだった。
今思い出しても笑みがこぼれる。