ぶか~しゅか の ひとり言 (from:モスクワ)

ロシアは日本人にとっては知らないことが多い国。日本の考え方は100パーセント通じない国。でも見かたを変えれば、面白いことも多い国。ロシア人のなかで暮らす日本人の私が、見て感じたロシアをそのままに書いてみたいと思います。

ロシアの、ある夏の日


今年の夏は雨と雷雨が多く、25度を超える暑い日は、
ほんの1週間しかなかった。
モスクワ郊外の家に行くと、
雑草の生い茂った庭に、赤スグリ、黒スグリ、木苺が沢山実をつけていた。
外の気温は24度だが、日差しが強い。
麦わら帽子をかぶり、蚊よけのスプレーを手と足、首筋と顔にもつけた。
長袖の厚いジャケットを羽織り、厚手のジーンズと長靴で身を守る。
美味しいものがあるところには、
蚊やダニ、触るとかゆくなるイラクサなどが生えているからだ。
ありったけの空き瓶を庭に並べ、採れるだけ採るつもりで
雑草の高く生い茂る庭へ踏み込んだ。

草は湿気を含んでいて強い香りがツンと鼻をつく。
二重にはめた軍手で、草を掻き分けると、
真っ赤な実を重そうにつけた赤スグリがいたるところに垂れ下がっている。

赤スグリは酸っぱくて美味しい。
黒スグリは小さなビー球くらいの実が一つ一つ枝から垂れていて、
酸っぱさよりもほんのりとした甘さがあり、ビタミンCが豊富だ。
スグリを3瓶採って、さらに雑草だらけの庭の奥へと足を運んだ。

木苺は熟したらすぐに採らないと落ちてダメになる。
丁寧にそっと摘んで瓶に入れる。

夢中になって採っていたら、隣の家のダックスフンドのジェシカが
私を怪しい者と勘違いして吠え出した。
ワンワンワンッ!

私はそんな事にはお構い無しで、
お隣さんとの境界線まで木苺を摘みながら進んでいく。
ジェシカは驚いて、狂ったように叫びだす。
ギャンギャンギャンッ!

私はブツブツとジェシカに話しかけながら、
さらにお隣さんの柵の方へと近寄って行く。
「ジェシカ。私を忘れたの?うるさいよ。吠えるんじゃない。」
それでも犬のジェシカは麦わら帽子をかぶった私がわからない。
あまりの犬の騒ぎように驚いて、
お隣の奥さんが2歳になる息子のサーシャを連れて出てきた。

私:「こんにちは。」
お隣の奥さん: 「あら、こんにちは。木苺を採ってるのね。
お宅の庭は木苺だらけね。」
と言われて、私は少し木苺をおすそ分けした。

「ありがとう。木苺はサーシャが好きで、いつもここで食べてるのよ。」

えっ。食べてるの?ここで?

それって・・・うちの木苺採って食べてんじゃない。
おすそ分けしなけりゃよかったな〜。

お隣の奥さんはタタール人の血と韓国系ロシア人の血をもつ。
とても率直にものを言う人だ。
「うちにはアヒルが6羽もいるのよ。見たことある?」
私:「え、ほんと。見たいわ。」
そう言ったら一羽をだっこして連れてきた。
「かわいいでしょ。一羽ずつ名前があるのよ。この子はセリョージャ」
私:「まぁかわいい。どこかで見つけたの?」
お隣の奥さん:「買ったのよ。お正月用に。」

お正月用・・・?
まさか・・・

私:「食べちゃうの?」
奥さん:「そうよ。」
満足そうに太ってきたセリョージャをかかえなおす。
私:「食べないで。」
奥さん:「どうして?」
私:「アヒルたち、かわいいでしょ。あなたの後について歩くでしょ。」
奥さん:「かわいいわ。いつも後をついてくるわ。」
にっこりして、私の言いたいことはわからないらしい。
私は、奥さんの説得をあきらめた。

夏の空は青くて、どこまでも高く、入道雲がのびあがっている。
雑草と一緒に、木苺は摘んでも摘んでもまた赤い実をつけて、
お隣の奥さんだけでなく、小鳥たちにも採られていく。

お隣のアヒルたちは、自分たちの運命を知らずに、
水道のそばに作られた人口池で水浴びをしながら叫んでいる。

ダックスフンドのジェシカは、いまだに私がわからない。

午後の夏の日差しは、夜10時まで明るく照っていて、
木苺の入った瓶を4つ抱えた私は気だるい疲れを感じていた。