ライ麦と麦芽でつくった清涼飲料
こういうときにロシア人が好んで飲むのがクワス、
ライ麦と麦芽でつくった微アルコール清涼飲料だ。
冷蔵庫でよく冷やしたクワスをコップに注ぐと、
シュワっという音とともにほのかな泡が立つ。
それをゴクッとのどに流し込むと、
ほどよい甘さと苦みが暑さで弱った胃にも心地よく、
火照った身体が徐々に冷えて気持ちがよい。
最近のロシアでは、
ビールなどのアルコール類を道路や地下鉄で飲むことを禁止しているため、
暑い日は2リットル入り、
アルコール度1%のクワスのプラスチックボトルを
グイグイ飲みながら歩く人をよく見かける。
クワスは昔からロシアで親しまれてきた飲み物だ。
ソ連時代は、あちこちの道路で、
大きなタンクに小さな蛇口をつけたトラックが止まっていて、
売り子の女性が分厚いガラスのコップにクワスを並々と注いでくれるのを
皆、行列して買っていたものだ。
ソ連時代、私が旅行で初めて夏のモスクワを訪れたとき、
その行列を見て面白半分に並んだことがある。
トラックの横のテーブルに並べられた、
あまりきれいとは言えない分厚いガラスのコップを取るようにと、
行列しているロシア人たちから教えられ、私は売り子の女性にそれをさしだした。
女性はコップを受け取ると、
薄い泡の立った茶色の液体を並々とコップに注ぎ、返してくれた。
暑さで喉がカラカラに渇いていた私は、それをいっきに飲みこんだ。
微かな甘さと炭酸が、火照った身体に流れ込んで気持ちがよかった。
息もつかずに飲みほして顔を上げると、いつの間にか周りに人だかりができていた。
私はその人だかりに驚きながらも、照れ笑いしながら、
胃から炭酸が逆流して、ゲップが出るのを感じて
思わず胃のあたりをなでまわした。
そんな私をじっと見ていた人々の間から、次の瞬間ドッと笑い声がおこった。
美味しくて満足していると思ったからだ。
ロシア語で、皆が嬉しそうに何か言っていた。
その時私はまだロシア語を知らなかったから、
彼らが何を言っているのかわからなかった。
それでもロシアの人たちが、
自分たちの国の飲み物を外国人が美味しそうに飲んだことを嬉しく思ったのだと感じとれた。
あの時飲んだクワスの味を、私は覚えていないのだが、
あの時のロシアの人々の笑顔を今も思い出すことができる。
現在はトラックでクワスを売るという光景をほとんどみなくなってしまったが、ロシアの人々の素朴で好奇心いっぱいの人柄は、今も変わってはいない。