不思議な光景
モスクワの地下鉄は世界でも知られているように
とても深いところにある。
だから地下へ下りるエスカレーターは
長いところでは5分ちかくかかってホームへ着く。
地下から上がってくるエスカレーターと下りるエスカレーターに乗っている人たちは、
すれ違う人たちをニコリともせずにじっと見ている。
日本人の私は、どうしてもこれに慣れることができない。
主人にきいたら、
「もしかしたら知り合いに出くわすかもしれないでしょ。」
という答えが返ってきた。
エレベーターのドアが開いた時だって、
中に居る人たちと、外で待っていた人たちが
一瞬・・・にらみ合う。
私が、緊張してしまう瞬間だ。
また地下鉄に乗っているときには、
着いた駅がどこなのかわからないと、
「ここはどこの駅だ?」
と、誰の顔を見ることなく、叫ぶ人をよく見かける。
そうすると、誰かがかならず無表情で答えてくれる。
不思議な光景はまだあった。
男性が通りで道をきくときは、
何故か顔を見ないで寄ってきて、
すれ違いざまに
「どこどこへは、どう行けばいいか知らないか?」
ときいてくる。
私が、まだロシア語がよくわからなかったときは、
その様子がひどく怪しいものに感じられて、
「きっと麻薬でも売っているにちがいない。」
と思っていた。
だから通りのあちこちで見かけるその光景に、いつも緊張しながら歩いていたものだ。
しかし、それが間違っていたとわかったのは、
主人が、同じようにすれ違いざまに道をきいたのを見た時だ。
飛びあがってしまうくらいびっくりした。
そうしてそれが習慣の違いとわかってからは、通りを歩くのが怖くなくなった。
習慣の違いは誤解をまねく。