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ぶか~しゅか の ひとり言 (from:モスクワ)

ロシアは日本人にとっては知らないことが多い国。日本の考え方は100パーセント通じない国。でも見かたを変えれば、面白いことも多い国。ロシア人のなかで暮らす日本人の私が、見て感じたロシアをそのままに書いてみたいと思います。

しばらくブログを書けなくなります。

モスクワ郊外に住む主人の叔母さん92歳の具合があまりよくないので、

インターネットのないモスクワ郊外に住むことになりました。

一週間に1度しかモスクワへ戻れないので、

ブログを書くことができません。

いつも読んでくださっている方々のブログも読むことができなくなっています。

来週にでもインターネットができるようにしたいと思っていますが、どうなることか・・・。

またブログを書けるようになったときに、どうぞのぞきに来て下さい。

ありがとうございました。

バス停の近くで・・・

主人と友達の展覧会へ行くのに待ち合わせしたときのこと。

 

通りのバス停の近くで主人が来るのを待っていた。

 

向こうから学生らしいの女の子が駆け寄ってきて、

「ここで乗り合いタクシーを待ってるんですか?」

と訊いてきた。

 

乗り合いタクシーは、大体がバス停の停留所のそばにとまるからだ。

 

「え、いえ。私は主人が来るのを待っているんですけど。

ここに乗り合いタクシーがとまるのかどうかは知らないんですよ。ごめんなさいね。」

 

と丁寧に返事をしたら、

その途端、

その女の子の様子が一変して、

 

「何にもわからずにここに立ってるのか!まぬけ!」

 

と怒鳴って走り去っていった。

 

私はあっけにとられて返す言葉も出てこなかった。

 

何で私が怒鳴られなくてはいけないのかわからずに、

ただ訳のわからない怒りが込み上げてきた。

 

後から来た主人にそのことを話すと、

笑いながら、

 

「きっといろんな人に訊いてもわからずに

ぶっきらぼうに、”知らないよ!” と返事されてイライラしていたんだろうな。

そこで君が丁寧に”わからない” と答えたものだから、

イライラが爆発したんじゃないかな。」

 

という答えが返ってきた。

 

それにしたってひどすぎる。

 

ロシアでは、

不快を与えた人の身になって考えないとわからないことが多くある。

私は、この日常に少し疲れてしまった・・・。

 

夏も終わりに近づくと・・・

モスクワの今日の気温は24度。

夏もそろそろ終わりである。

この頃から、市場のあちらこちらでは

山積みのスイカとメロンが目に付くようになる。

中央アジアから運ばれてくるスイカとメロンは、8月末から9月半ばにかけてが食べごろだ。

100グラム150円のスイカは10キロでも1500円。

中身が赤くて白い線がなく、甘いものを選ぶのは、なかなか難しい。

こつこつ叩いたり、匂いをかいだり。

 

スイカは大きいものの方が美味しいといわれている。

メロンは私の大好物だが、ヘタが乾いているほうが熟れていて美味しいらしい。

 

私の主人は地質学を学んでいたから、

昔は中央アジアなどを馬で長いこと旅した経験を持つ。

そのとき彼が食べたメロンはクリームのようにとろけるような、甘いメロンだったという。

 

そんなメロンを食べてみたいと、

私はこの時期いろんな種類のメロンを買いあさる。

 

黄色で丸い大きなメロン。

黄緑色に緑の線の入った長いメロン。

緑色の丸いメロン。

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どれもこれもまだ十分に熟れていないうちにモスクワへ持ってこられるから、

主人が中央アジアで食べたような甘いクリームのようにとろけるメロンを

私はまだ食べたことがない。

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3つの違う種類のメロンをいっぺんに買って、

十分に熟れるまで待っていたら、

置いておいたところから黒くなって半分だめになってしまったことがある。

それでも日本では買えないような値段で食べられるメロンは、

クリームのようなとろける甘いものでなくても

お腹いっぱい食べられるだけで満足できる。

 

だが、このところの政治不安で、

ロシアでは果物が値上がりしている。

 

食べ物が値上がりすると心が不安になる。

 

ニュースでもあまり本当とは思えないことを騒ぎ立てているので、

私たちはヨーロッパニュースしか見ないようにしている。

 

窓から見える空の雲は魚のフライのようだ。

衣をつけた魚のフライはいい油で揚げると美味しいが、

このところ魚もかなり値上がりし出した。

 

ロシア一国だけではやっていけないのはあたりまえ。

 

あ~あ、なんとかならないかしら・・・。

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ロシアは不可思議な国、だから・・・

インターネットを見ていると、

「恐ろしい」という言葉にかけて、

「おそロシア」という言葉をよく見かけます。

多分、「おそろしい」の「ろしい」は

ロシア語で言う「ロシーイ」つまりロシアを意味する言葉に似ていることからだと思います。

 

ロシアでは、ロシア国民でさえ、

ロシアのことを理解するのは難しいと言います。

なぜなら多民族国家であり、様々な宗教を持つ人々がごったに暮らしている国、

そして世界でもまれな歴史を持っている国だからです。

 

一般の常識では語れない国、それがロシア。

私は17年住んできたロシアをその言葉の通りに体験して、

ロシアに悩まされ、魅了され、そして結婚し、

いまだによくわからない国ロシアに住んでいます。

 

このブログは不定期ですが、

時間のあるときに、自分の体験を少しずつ書いていけたらいいなと思っています。

 

ロシアは「おそロシア」ではなく、

「常識では語れない、何が起きるかわからない国」なのです。

だから面白いところもあり、困ったところのある国です。

 

読者登録をしてくださった方々、立ち寄って読んでくださっている方々に

私の経験を通じて新しいロシアを感じていただけると嬉しいと思います。

 

郊外に住んでいるおばあちゃんの面倒を見るために一週間ほど留守にします。

 

私が読者登録をしている方々、

お知り合いになった方々のブログをまだ全て読めていないのですが、

後で必ずブログを拝見させていただきます。

いつも私のブログを読んでくださってありがとうございます。

 

 

 

ロシアで籍を入れるのに1年近くかかったこと・・・その6

いよいよ2月2日の結婚登録の日。

私は前日に自分で髪を短く切った。

結婚登録を意識しすぎたせいか、後ろのほうが跳ね上がってしまっていたが、

ま、これもひとつのファッションと思ってその跳ね上がった髪に合うような服装を選んだ。

 

朝は早く起きなくてすむように、登録時刻は夕方の4時を予約していた。

 

この日の気温はマイナス28度。

年が明けて寒さはさらに厳しくなり、

凍傷にならないよう手袋を2重にして、マフラーは首と顔半分に巻いた。

コートはひざを隠さないと凍えて歩けなくなるから、ひざ下のダウンコート。

ズボンの下には厚いタイツを2枚重ねてはいた。

 

結婚登録を実際に行う建物は、書類を申請した建物の隣にあった。

この結婚登録所は、特別国際結婚のための登録所ということで、

他の一般の結婚登録所と比べて豪華なつくりになっていると彼が話していた。

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入り口で予約時間の確認をすると、

私たちのそばに居たカメラマンが写真を撮り始めた。

 

私の彼はソ連時代を経験しているからなのか、

そのカメラマンのことを

「フェー・エス・ベー(国家保安警察)が各カップルを調べるために写真を撮っているのだろう」

と私にそっと耳うちした。

 

「まっさか~」

と私は心の中で思ったが、わけのわからないロシアのことだから、

そんなこともあるのかな~と思って、

国家保安警察に残る写真なら、

いい顔を撮ってもらおうと表情を工夫しながら名前が呼ばれるのを待っていた。

 

そして、いよいよ私たち2人の名前が呼ばれた。

 

部屋に入ると、昨年申請を受け入れてくれた感じの良い女性が笑顔で私たちを迎えてくれた。

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結婚登録の時ぐらい気持ちよくサインしたいものだ。

とずっと思っていたから、

その感じの良い登録官を見たときから

私の気持ちはかなり軽くなり、弾んでいた。

 

写真を撮っていたカメラマンは部屋に入るとビデオを手にして撮りだした。

そうなると

急に私は緊張してしてしまい、

結婚登録書類にサインするために下を向くと、

なぜか鼻水がたらたらと出てきて辛かった。

 

2人でサインを済ませると、

結婚登録官が彼に尋ねた。

「隣のホールで式を挙げますか?」

彼は、

「式は、私たちには必ずしも必要ではないので・・・」

と答えると、登録官の女性は残念そうな顔を私のほうへ向けた。

多分、女性である私の気持ちを思いやってくれたのだと思う。

 

あの頃の私たちには余分なお金はまったくなかったから、

結婚式など考えてもいなかった。

 

私は鼻をすすりながら顔を上げ、

「私たちに式は必要ありません。」

とはっきり言い切って、登録官の女性にお礼を言った。

 

登録官からはお祝いの言葉を受け、

私たちの結婚証明書を受け取った。

この瞬間に私の初めての結婚が成立したのだ。

 

と、夫になった彼の顔をまじまじと見つめたことを覚えている。

 

そして、私が思っていた通り、

カメラとビデオを撮っていたのは国家保安警察ではなかった。

結婚登録所の入り口で即行に作り上げ売りつけられたビデオとCDは、

私たちを撮ったものだった。

そこには緊張した彼の顔と姿、

短い髪の後ろが立っていて、

鼻水をシュンシュンとすする私が書類にサインしている姿がうつっていた。

式を挙げない代わりにそのビデオとCDを記念に買って、

私たちは外へ出た。

マイナス28度の寒さはやはり厳しく、ほてっていたはずの顔が痛たんだ。

 

帰り道、家のそばのちょっと高いカフェへ寄り、2人で珈琲で乾杯した。

ずいぶん長くかかった結婚登録だったけれど、

それもいまはいい思い出になっている。

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暑いので・・・

今日のモスクワは33度です。

うちはエアコンがないので、この暑さに耐えるのがきつくなってきました。

 

窓を開けて寝ている夜中に 外で道路工事が進んでいて、

多分身体に非常によくない化学薬品をつかって道路工事しているようです。

 

なぜなら、夜中に嫌なにおいで眼が覚めて、

「息ができない・・・」

と思うくらい強烈な薬品のにおいがしていました。

 

主人はそれでも寝ていて、

私はこのまま窒息して死ぬかもしれないと思いながら

また眠ってしまいました。

 

朝、起きて主人に訊いたら、

皆が寝ているときに悪臭のする工事をするのは、

ロシアではよくあることだそうで、

夜中だと、皆が寝ているからスキャンダルが起きないので

とくに夜中にそういう工事をするそうです。

 

まだ死にたくないので、

避暑もかねてモスクワ郊外へ行くことにしました。

「ロシアで籍を入れるのに1年近くかかったこと・・・」

最後その6は、来週モスクワ郊外から戻ってから書きたいと思います。

しばらく留守にします。

読んでくださった方々、コメントを下さった方々、ありがとうございます。

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ロシアで籍を入れるのに1年近くかかったこと・・・その5

ロシアの短い夏を満喫し、日本へまた戻った私はパスポートを新しく更新し、

お金のかかる国際結婚のために仕事に励み、

再びモスクワへ戻ったのはすでに冬、12月も末になっていた。

 

日本の両親はロシアでの結婚登録の複雑さを話すとあきれ返り言葉もなかったが、

母は、

「あなたの選んだ人の国だから、仕方ないわね。我慢して最後まで頑張りなさい。」

と言ってくれた。

 

この年のモスクワは、やけに気温が低く寒かった。

家のマンションはまだ木枠の窓だったから、室内が集中暖房で22度あるといっても、

隙間風が入ると気温はたちまち下がってしまう。

あの頃はリフォームするお金などなかったので、

窓枠とガラスの間に綿を詰め込み、その上から2重3重にテープを貼って隙間風を防いだ。

(下の写真はマンションの窓を部屋の中から撮ったもの。冷凍庫ではありません。)

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モスクワは、毎日マイナス20度近い日が続いていた。

そんな中でまた2時間も門の前で待つのは、

多分凍えて死んでしまう。

 

だから私たちは8時きっかりに着くように結婚登録所へ出かけた。

もちろん、パスポートの翻訳はしっかり頼んで揃えていた。

 

モスクワの冬の朝は、9時までは明るくならない。

まるで夜中のような暗い凍った通りをまた2人でテクテク歩いた。

 

結婚登録所に着いたのはきっかり8時。

この寒さの中、だがすでに行列はできていた。

それでも私たちは8番目だったから、結婚登録の扉にきっとたどり着けると思った。

 

約4時間経って、

私たちは結婚登録をする部屋に居た。

 

この日の係りの女性はいままでになく感じの良い人だった。

 

にこやかに私たちをむかい入れ、慎重に書類に目を通した。

そして、

「ここに2人のサインをして、この次来るときにはこの書類の裏にアポスティ-ユを

付けて持ってきてください。結婚登録は1ヶ月以上先の2月2日になりますよ。」

と笑顔で言われた。

 

なんと!

いよいよ結婚だ!

 

嬉しかった。

 

結婚ってこんなに大変だとは思わなかった。

 

係りの女性から結婚衣裳の宣伝雑誌(ブログその1の写真)と、

結婚指輪の宣伝CD(ブログその2の写真)をもらった。

 

私たちは特別に結婚式をするつもりはなかったし、

結婚指輪は彼のお母さんがプレゼントしてくれた

御祖母ちゃんの形見をするつもりだったから、

その宣伝雑誌とCDは私の生涯の記念品になった。

 

部屋の外に出ると、

列に並んでいた人たちが書類は受理されたかどうかきいてきた。

受理されたことを告げると、

皆 知り合いでもないのに、

「おめでとう!」

と言ってくれた。

 

外はマイナス20度。

嬉しくて、涙が浮かんで濡れた睫毛がシュワッと凍った。

鼻水の出そうになった鼻の中もパリッと凍った。

 

2人で安いカフェで珈琲を飲んだ。

苦い珈琲に砂糖を山盛り入れたから、トロッと甘い変わった味がした。

 

さぁ、いよいよ来年2月2日に結婚登録だ。(つづく)

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